お父さん・お母さんの思いを込めて付けられる名前ですが、その思いが本当に赤ちゃんのためになるのかよく考えることが必要です。名前は家族や親族など、一定の狭まれたコミュニティーの中でだけ利用されるものではありません。日本全国の、いや世界全体の輪の中で使われるものなのです。
両親がいい意味を込めて名前を付けたとしても、その名前が他の人たちの目にどのように映るのかということが重要となってきます。自己満足だけではなく客観的な視点で命名しなければいけませんよね。また、赤ちゃんの名前を知る記した出生届を受け入れる側も、事務的なだけではないチェックをすることが求められているのです。
赤ちゃんの名付けに関するトラブルとして、1993年に起きた“悪魔ちゃん騒動”をご説明しましょう。もう10年以上も前の事件になりますが、当時子供を産む前で独身だった私にとっても衝撃的な事件でした。皆さんの中にも記憶に新しい方もいるのではないでしょうか。
■「悪魔ちゃん騒動」の経緯
1993年の8月11日に東京都昭島市役所において、1枚の出生届が提出されました。その出生届に記されていた男児の名前は、「悪魔(アクマ)」。当初昭島市は、「悪魔」という名前を構成している「悪」と「魔」、2つの漢字は常用漢字であり名前に関する法律に抵触しないとして、この届出を受理します。
しかし疑問を抱いた昭島市が法務省民事局に相談したところ、「悪魔」という名前での出生届は受理しないことが適当となったのです。「悪魔」という名前は子どもの福祉に有害をもたらす可能性が高いという理由でした。
“悪魔ちゃん”の両親は他の漢字を使った「アクマ」という呼び名の名前を再び届け出ますが、昭島市は不受理としました。マスメディアを巻き込んだこの命名騒動は、ついに司法の下で決着を付けることとなります。19994年の2月1日に東京家庭裁判所八王子支部は、「悪魔」という名前を付けることを認め昭島市が受理しなかったことが違法であるという判決を下しました。
裁判に勝訴はしましたが、赤ちゃんの両親は「自分たちの意図を伝えることができた」として「亜駆(アク)」という名前で届出を提出し、昭島市もこれを受理して一連の騒動は終結したのです。
「悪魔」という名前に「他の人とは違う」というような意味を込めていたようですが、この名前を聞いた人たちはその子に対してどう思いますか? 100人中100人が変な名前と感じることでしょうし、いい気持ちにはなりませんよね。
家庭裁判所八王子支部はこの名前を認めると結論付けましたが、この判決を私は疑問に思います。名前を聞いて抱くイメージは、人それぞれでしょう。しかしほとんどの人がマイナスのイメージを持つのであれば、そのような命名は親権の乱用なのではないでしょうか。
“悪魔ちゃん騒動”とは少し異なりますが、私の友人に娘が生まれたときに「あやめ(アヤメ)」という名前を付けようとしていました。花のアヤメが由来でした。しかし、祖父母の強い反対に合ってこの名前を付けることを断念したといいます。反対の理由は、「人を殺める(アヤメル)」という響きと似ているからということでした。
「あやめ」という名前を聞いた人のほとんどが「殺める」という語を連想はしないでしょうし、役所が届出を不受理することはないでしょう。しかし「悪魔」のように1番最初に思い描くイメージが明らかにネガティブなもののときには、制限を加えることも必要なのですね。
公的機関をはじめ周りの人の意見を聞いて、100パーセント納得はできなくても客観的な貴重な意見として取り入れていくことが、赤ちゃんに名前を付ける人間の責任なのですね。